やさしい本からどんどん読もう! 英語のReading

英語多読入門(CD付) (めざせ! 100万語)

英語多読入門(CD付) (めざせ! 100万語)


1章 SSS段階的多読法
2章 あなたに最適なペーパーバックへの道
3章 英文を実際に読んでみよう
4章 多聴のすすめ

英語の勉強関連です。
自分が洋書といわれているものをはじめて手に取ったのはいつのことだったのだろう。
最初は、ニューズウィークの英文の記事だったんじゃないかな。
そして、正直、単語の知識が足りなくて、長い特集の記事なんか、最後まで読み切れなかったという記憶があるな。
ああいうのって、結構マニアックな英単語が並んでいるから。
おそらく、本格的に横文字の本が通読できたのは、なんとか教養課程に入って
からだったのかな。
たしかRichard DawkinsのSelfishGeneを読んだのは覚えている。

The Selfish Gene

The Selfish Gene


それと、エドワード・Saidの「オリエンタリズム
オリエンタリズム

オリエンタリズム


最後まで通読できたものは、どうもあまり記憶に残っていない。
情けない。
今になって思うと、覚えないといけない単語の数が圧倒的に足りなかったんだろうなと
思います。
じゃあ、どうやって洋書を読みこなすのに必要な語彙を獲得するのかという
英語学習の大きなテーマとも関連してくるわけですが。
目標数に到達するまで、延々と覚え続けるという「苦行」に堪え忍ぶ。
おそらく、これがいまでも王道なのではないかなと。
本書は、こういう「王道」に対して、反対意見を提出しています。
要旨としては、
「自分のレベルにあったたくさんの手加減された洋書を、大量に読みこなすことに
よって、未知の英単語にも何度も出会うことを通じて、その単語が頭に
インプットされる。だから、英単語帳はいらないのだ。」
ということになっていきます。
はたして、この見解にどこまでのっていいのかというのは、実際に英語の
指導をしていると、ちょっと躊躇します。
最近は、この単純作業もかなり快調にこなせるような携帯電話の英単語記憶アプリも
ありますから。
本書の目次にもありますように、色々なレベルのストーリーが実際に「お試し」

できるようになっています。
子供が、屋根裏部屋においてあったいらないおもちゃをのみの市にもっていくという
話。
中高生とおもわれる少女が、人気歌手のコンサートチケットを入手する資金獲得の
ために、レモネードを自家製して、売りにだすという話。
HighTeensが、ボートにのって、洞窟にちょっとした冒険にいくという話。
イタリアを舞台にしたホテルのフロントの男のLoveStory
三銃士の一部抜粋。
羊さんがいる牧場の、羊毛生産過程を絵本みたいにしたものなどなど。
作品ごとに、読者がもっている語彙数を異なって想定している。
初級の語彙数に限定すればするほど、書き手も、使える手段がへっていくわけで。
それを考えると、子供がおもちゃをのみの市にもっていくという、一番最初の
話なんかも、よくつくったなって思う。
実際、英語に触れ始めたばかりの生徒さんの目線ってこういうものなんじゃないかなと。
そんな気がしました。
そして、こういうSimpleStoryからはじめて(Start)、英語での読書を
日常のものにして、数ヶ月かけて、ペーパーバックが読めるようになろう!
というのが、本書の肝ということになります。
そうとう語彙数が抑えられた本を、かなりたくさん読みこなすことによって
英語での読書は苦痛ではなくなるのだと。
こればっかりは、実際に、生徒さんにやってもらわないと、こちらとしても
本当かどうか、なんともいえないのですが。
この本では、この方法で英語に慣れ親しみ、英語の各種資格試験でも点数が
あがったとか。そういう話ものっている。
この本でいいなと思うのは。
「英語の初心者の人。英語が苦手な人。こういう人が、最初の階段を超えるための、
一番、おおきな壁を越えてもらう!」
こういう強い意志が貫かれていることです。
だから、極力、本格的な洋書にはずっとあとになって挑戦したらいいんだよという
ことが、色々なところで書かれています。
そう。継続的な学習においては、ハードルを挙げていくというのは
そうそうやってはいけないことなのです。
これをやってしまうと、どうしてもなげてしまうから。

多読の3原則
その1 辞書はひかない
その2 わからないところはとばす
その3 つまらなければやめる

この原則の意義(職能)についても色々と書かれています。
基本、大雑把でもいいので、どんどん先に進んでいこうということ。
もちろん、その前に文法の基礎事項や、「精読」の訓練は大事だよという
ことも書かれています。
私の経験では、この基礎事項の習得の壁が一番高い。
多読の階段をのぼることができるようになるまでが一番大変なんじゃなかろうかと。
実際に、「ピーターパン」なんか読んでもらってけど。
肝心の本人が、「次もいく」
という意欲をみせていない。
これじゃどうしようもない。こんど、多読がどうなっているか、再度確認してみよう。
結局、生徒の意欲という壁を越えられないかぎり、この多読の話も
机上の空論かなと。
そんな徒労感のようなものにもおそわれましたが。
いつか、こういうメソッドがしっくりくる生徒さんに出会う日もあるかも
しれないよなと。
そんなことも、この本を読んでいて、思いました。