「今日から使える物理数学」 効用について - book-loverの日記

筆者プロフィール

生まれは岡山県の南の邑久郡(現在は瀬戸内市となっている)で、大学は大阪大学、そして、工学部を卒業後直ちに日立製作所中央研究所で社会生活を始めた。最初は理化学機器(X線付き電子顕微鏡)の開発研究を行ったが、その内にX線で半導体結晶を調べる(評価する)様になった。この間に論文を度々外部に発表して、学部卒業後丁度十年で東京大学から工学博士(論文博士)をもらった。その後もしばらくは研究所にいたが、そのころ設立された超エルエスアイ共同研究所に出向いて、他社の研究者と一緒にLSI(半導体)の研究をした。この関係もあって、日立製作所に戻ったあとしばらくLSI(半導体)の製造工場(武蔵工場)で働いた。その後、1987年に姫路工業大学の電子工学科に教授として赴任した。これを機に住居を神戸に移した。姫路で16年間働いた。この間、半導体デバイス、量子力学超伝導、物理数学などの教科書をオーム社、丸善、裳華房、講談社などから出版した。そして、2004年にこの福井工業大学電気電子工学科に赴任してきて、現在は3年目である。

1p

最近はわかりやすい本も出版されるようになって事情は改善されてきたが、私の学生時代はひどかった。私も量子力学にあこがれた一人であったから、目を皿のようにし、耳をかっぽじって講義に出席し、ある種の覚悟さえ決めて量子力学の本を開いたものだが、受けた講義はいくら聞いてもなんのことだかさっぱりわからないし、本をむりやり数ページめくったときなど、密林の中にただ1人迷い込んだようだった。私が、量子力学をあきらめるのには、それほどの時間はかからなかった。

本書の筆者が量子力学をあきらめないためにに考え出した4つのTIPS

その1 難しい数学を多用することの弊害

その2 教師や筆者の常識は学生や読者の常識と一致しない。

その3 量子力学では全体像やキーポイントが重要

その4 現実から有利した学問には興味がわきにくい。

まずはその1について。
「暴言」になるかもしれないけど、数理物理学といわれている部分の「作業」の根幹は

ステップ1「微分方程式」を立てること

ステップ2こしらえた「微分方程式」に代入したら等式が成立する「関数」の解を思いついては代入すること

ステップ3ステップ2の試行錯誤がうまいこと言った時点で、作業ストップ

量子力学の教科書に書いてある微分方程式から導きだされた「ある物理量」と「ある物理量」の関係を
説明する数式を使って、計算をしながら、「業務」に従事する人にとって、「数式」を使って計算できる
ことが大事なのであって、その数式が、どんな実験に基づいて、どんな数学を用いられることで
正しいことが証明されているのかというのは、100%理解する必要がない。

本書95ページ

以上のことに注意して微分方程式を解くのであるが、もう一つの前置きを述べておこう。ほとんどの微分方程式は、そもそも容易に解けないものである。方程式を解くためには、数学的な技巧を凝らす必要が出てくるので、微分方程式の解をあらわすものとして、きいたこともないような数学関数も出てくる。しかし、そうした数学的な技巧や難解そうな関数に驚いて、「これは難しい!」とは、どうかおもわないでいただきたい。いや、思ってしまうのはしょうがないのであるが、だからといって量子力学の豊かな果実を目の前にしながら、意気消沈してしまうのは大変残念なことでである。

中略

我々の目的は微分方程式の解を得て、それを量子力学的に解釈することである。微分方程式の解はエルミート多項式である。この結論だけが大切で、途中はいわば借り物であるから、難しいと感じれば、途中は飛ばしてよんでも差し支えない。

この本を書いた人は実務的な感覚にとても優れていると思う。
本当に学習を継続させていく上で、何が大切なのかということを心得ている。
様々な「計算テクニック」=「数学」を駆使した微分方程式の寄せ集めが「量子力学」だという見方も
できるとしたら、一度、言語的な説明はさておいて、具体的な問題ごとに、「とにかくこうすれば求める
データを計算できる」
というアプローチだけ知っていれば、「現実」が回る。
こういう感覚は大事だと思う。いい意味での「いい加減さ」とは何かを習得する上で、大事。

その2について

数学の教科書を丁寧に読んでいるだけでは、学ぶことができない、量子力学に書いてある教科書の
計算を実行するために必要な「おきて」が、いきなり出てくることがあるようです。
そういった「おきて」が、「なぜあるのか」というところで、どうもまともなコンセンサスが業界に
ないようなので、学生としては、混乱するばかり。


その3について

キーポイントを知ることである。量子力学のキーポイントが何で、どの分野のどういう条件のときに有用か?
この領域で古典力学では不十分なのはなぜか?などがわかるようなキーポイントについての知識が不可欠である。それがわかれば、途中が困難に満ちていても、目標は見えている。

→どういう実験を、どういう条件で実施したとき、どんなデータを入手しようとするとき、
解析力学」の教科書に書いてある微分方程式の解の「関数」を使っても、実測値と計算上の値がずれるのか?
そのずれがないような関数を「解」として導出するには、どういう微分方程式を立てる必要があるのか?
その微分方程式を立てるために、どんな「計算テクニック」を利用する必要があるのか?
→ここで「量子力学」の教科書に記述されている情報が有用になってくる。

その4について

ある程度勉強しても、量子力学が現実にどこで必要で、どこで必要でないか、そしてどこで使えるかが、噂話程度にはわかっても、具体的になると、何もわからないことである。初等的な量子力学の本を読み通してみても、この疑問は依然として残っていて、量子力学の有用性がいまひとつわからないのである。これでは、実用技術に興味のある実用志向の物理屋や技術者には量子力学の魅了は半減してしまう。

計算モデルそのものに興味のある人間は、それくらい抽象的であってくれたほうが面白いという部分が
あります。

肉眼でみることは絶対できないような電子などの様子を「垣間見る」ことができるデータを計算するという
「目的」のために、「手段として」高等数学を総動員するというプロセスそのものに興味がある。
量子力学での、この「目的」と「手段」の関係についてある程度精通することができたら、
他の分野にも応用ができるだろうという下心があります。
実験データが山と積まれていて、それを説明する数式を「微分方程式」で導き出すことができたら、それは
「新手の業績」になるかもわかりません。

本書の13ページあたりに、プランクという学者が登場します。
鉄をドロドロに溶かすことが仕事にしている人たち、縦軸に「光の強さ」、横軸に「波長」をプロットした
データを持ってくる。
本書から推測する限り、鉄屋は「波長を代入したら、光の強さが計算できる」式がほしかったのかもしれない。
(ひょっとしたら、波長と光の強さを代入して、温度が計算できる式だったのかもしれない。)

このときすでに、波長の値が小さいときに、ほぼ正確に「光の強さ」を計算できる式(ウィーンの式)と
波長の値が大きいときに、その値を代入して、ほぼ正確に「光の強さ」を計算できる式(レイリー・ジーンズの式)
はあった。
ウィーンの式と、レイリージーンズの式のイイトコドリで、波長の値が大きいときも、小さいときも、
つまり、どのレベルの波長の値を代入しても、「光の強さ」を正確に計算できる「式」を、鉄屋はほしかった。

だから、データを見て、そのデータの一つの値からもう一つのたのデータを計算する式を「開発」することが
得意な「物理学者」に、ベンリな式の「考案」をお願いする。

そして、どうやらこの鉄屋の願望は、プランクの研究室の学生が、たまたま、候補になっている数式の分母の値から
1を引いてみるということを実行することで、実現されたように記述されている。

つまり、プランクの弟子の気まぐれで、どんな波長の値を代入しても、実測値とあまりずれない「光の強さ」を
計算できるような式が、「偶然」考案されることになった。

微分方程式を解く」という教科書的な記述と、このプランクと鉄屋の間の「現実的なやり取り」になんらかの
ギャップの存在を感じることが必要であると思う。
このギャップの認識は、「数学」と「物理」を仕事で使うということはどういうことなのかということに関連している
ように思う。

ここで大事なのは、波長の値と、「光の強さ」の値の正確な関係を表現する関数を入手すると、その関数から
ドロドロに溶かしている鉄が果たして、「何度なのか?」という温度を計算することができるということ。
良質な鉄を製造するには、鉄をドロドロに溶かすのに、「最適」な温度というものがある。
目の前の溶鉱炉が、この「最適」な温度になっているかどうかは、プランクにこの案件が持ち込まれるまでは
「職人が、長年の経験と勘によって、溶鉱炉からみえる光を観察」することで、チェックされていたらしい。
となると、職人の「勘」がにぶってしまうと、溶鉱炉が、「良質な鉄」を量産するための「最適な温度」に
なっているかどうかをチェックすることができなくなる。これは鉄を生産する事業に投資している人間に
とって一つの「リスク」になる。「リスク」である以上、その「リスク」から、事業を守る必要が出てくる。

だとすると、計測装置さえあれば、どんな人でも(熟練した職人ではなくても)計測できるデータを手がかりにして、入手できたデータを代入することで、溶鉱炉の温度を計算できる式を考案する必要が出てくる。
ここでは、溶鉱炉のような高温では、「温度計」が使えないということもポイントになる。

時代状況として、プランクの出身地ドイツは、富国強兵という政策目標を達成する必要があった。
「強兵」を実現する「手段」として「強い武器」を自前で開発する必要が出てくる。
それは、当時としては、「良質な鉄」でつくる「武器」だった。

「良質な鉄」を生産するために、不可欠なノウハウが、溶鉱炉の温度を、「良質な鉄を生産する」温度に保つこと
だった。

このノウハウが、「職人のカン」だけで、駆使されていると、なんどき、鉄を生産するプロセスに支障をきたす
かどうか、わからない。

「職人のカン」がなくても、計測装置さえあれば入手できるデータで、現在進行形の「温度」の計算ができる
式があれば、「職人のカン」が当てにならなくなったときの、「リスク」を軽減できる。
計算をすることができたら、「良質な鉄」を安定的に作ることができる。
安定的に「良質な鉄」をつくることができたら、戦争で役に立つ「武器」を安定的に生産できる。
「武器」を安定的に生産することができたら、戦争に勝つことができる。戦争に負けないようにすることが
できる。戦争に負けないような国家を実現できたら、国民の「個人生活の安定」が保証される。

「式の開発」にはどういうノウハウが必要なのか?

「計算業務」に精通していること。
縦軸の値と、横軸の値のデータのプロットを見ていたら、どちらか一方の値を代入して、もう一つの値が算出される数式を、思いつくことができる人。

「数学」と「物理」の学校でのスコアがいい頭脳が、ビジネスで求められることになる。

計算をして、正確な答えをだすことができたら、ビジネスが安定的に持続する。

ある計算式は、どんなデータを代入したら、どんなデータをしることができるのか?

そのデータをしることができたら、どういうメリットがあるのか?

こういったことを、踏まえていくことで、理数教育の存在根拠を明確にすることが可能になる。

wikipedia:オットー・フォン・ビスマルク

1862年、新国王ヴィルヘルム1世によってプロイセン王国の首相 (Preussischer Ministerpr〓sident) 兼外相に任命される。この時、ヴィルヘルム1世と議会は兵役期間を2年にするか3年にするかで対立し、ドイツ統一を目標とするヴィルヘルム1世は議会を説得するためにビスマルクを起用したのである。期待に応え、ビスマルクは軍事費の追加予算を議会に認めさせた。この時にビスマルクは、
現在の大問題(=ドイツ統一)は、演説や多数決ではなく、鉄(=大砲)と血(=兵隊)によってこそ解決される
Nicht durch Reden oder Majorit〓tsbeschl〓sse werden die gro〓en Fragen der Zeit entschieden, sondern durch Eisen und Blut
という演説を行い(鉄血演説)、以後「鉄血宰相」の異名をとるようになった。

日本の岩倉使節団がプロイセンに訪問したさい、伊藤博文大久保利通らと会見し、彼らに大きな影響を与えたと言われる。大久保は西郷隆盛に宛てた手紙の中で、ビスマルクモルトケを「先生」と呼び、その言説と人となりに大きな感銘を受けたことを綴っている。また、プロイセンの憲法を真似た明治憲法を作成した初代総理大臣の伊藤博文は、首相に在任していた頃、常にビスマルクを意識して行動していたため、ある日宮中への参内が遅れたさい明治天皇から「東洋のビスマルクは未だ見えないネ」とからかわれている(徳大寺侍従長の証言)。 在任中、使節団と会見した際「如何に小国が国際法に従順で、誠実な態度をとり続けていようと大国は平気で国際法を破るものだ」と国際法に敏感だった日本に対して皮肉にも似た警告をしている。

目次
序章 量子力学はなぜ難しく感じられるか?

第1部 量子力学は未知の世界を拓く道具
 第1章 量子力学の誕生のいきさつ

量子力学の誕生と光
プランク先生の頭の中を勝手に推理する
プランクの指揮のすごいところ 量子力学の適用範囲

 第2章 見知らぬ世界を知るには新しい道具(式を使った計算)が必要

低音の不思議な世界
高温・高エネルギーの世界
ナノテクの世界
物性物理はアトムの世界

 第3章 量子力学では何を学ぶのか

宇宙を構成する2種類の基本粒子 ボース粒子とフェルミ粒子
物に大きさがあるのはなぜだ? パウリの排他律
波動関数は不思議な波の式
天文学から始まった摂動論

第2部 ともかく量子力学で問題を解く
 第4章 シュレーディンガー方程式を導く

ともかく波動関数
ともかくシュレーディンガー方程式
シュレーデインガー方程式の一般化

 第5章 井戸型ポテンシャルの問題を解く

井戸型 ポテンシャル
3次元の井戸型ポテンシャルとフェルミ準位
トンネル効果とトンネル電子顕微鏡

 第6章 調和振動子からフォノンへ

調和振動子の古典論
調和振動子量子力学
格子振動からはフォノンが生成する

 第7章 水素原子のスペクトルを求める

水素エネルギーのエネルギー準位
量子力学における水素原子モデル
水素原子のシュレーディンガー方程式をどうやって解くか

 第8章 量子統計の不思議

ボーズ統計
フェルミ統計
比熱でしめされる量子力学の威力

第3部 量子力学の仕組みと規則
 第9章 波動関数とシュレーディンガー方程式の正体

古典論の波動方程式と量子論のシュレーディンガー方程式
波動関数と固有関数
ディラックデルタ関数と位置の固有関数
パウリの排他律に従うかどうかによって変わる波動関数

 第10章 物理量・演算子・期待値

演算子とその交換関係
エルミート演算子と期待値
ディラックのブラケット記号

 第11章 マトリックス力学を覗く

波動関数と物理量を行列であらわす エルミート行列
シュレーディンガー方程式を行列であらわす
行列を使った位置と運動量の交換関係の証明
不確定性原理とゼロ点エネルギー

 第12章 ディラック方程式とスピン
クライン・ゴルドン方程式とディラック方程式を覗く
スピンに関する実験事実
軌道角運動量
スピン角運動量

 第13章 近似法と多粒子系の量子力学
摂動論
変分法
ハートリー近似とハートリーフォック近似
第2量子化と場の量子論

索引

東京大学 理学部物理学科 
指定テキスト

大学で指定されているはずなのに、絶版になっているのも
あるのはなぜ?

現代量子物理学―基礎と応用

現代量子物理学―基礎と応用


大学演習 熱学・統計力学

大学演習 熱学・統計力学


詳解電磁気学演習

詳解電磁気学演習



量子力学〈1〉 (基礎物理学選書5A)

量子力学〈1〉 (基礎物理学選書5A)

Quantum mechanics

Quantum Mechanics (Pure & Applied Physics)

Quantum Mechanics (Pure & Applied Physics)