Against the Day

Against the Day


Kindleで読了しました。

最近、この本の筆者の作品がKindleで読めるように
なったらしい。ペンギンという出版社がひと揃いの版権を
もっているみたい。
おかげで、1084ページというかなり長大な小説だった
けど、場所をとることもなく、もっぱらiphone ipadでの
読書が可能になりました。
丸善や、紀伊国屋の洋書売り場にいって「physical book」
のほうも確認してみたけど、1000ページを越える書籍なのに
厚さはわりとおさえめ。ほかのSFアクションものの長大な
ものが800ページとか900ページとかでもかさばる感じ
なのに、すっきりしている。
出版を実際にする側の「技」が光っているのかもしれません。
さて、肝心の小説の内容なのですが、
「読了してよかった!」という感慨以外はどうも
なかなか出てこないのが正直なところ。
なんとか、最初から最後まで原典で読んだ立場として
どうやって、この「難解な書物」に向き合ったらいいか、
それなりに書いてみようか。
"Against the day" Review
はてなのダイアリーや、朝日新聞の書評、アマゾンでの書評などで発信するために、精力的に本を読んでいる人の
Against the dayのまとめ。
どうもこちらの要約記事は、木原先生の翻訳が出版される前に出たようです。ネットで散見するATDの書評で原書でアタックしたということが書かれているのはこの人だけ。
やっぱりエネルギーいるんだよ。
Against the Day 〜p.56 - 山形浩生 の「経済のトリセツ」
そして、上記のリンクで紹介したMrYamagataが、
なんと十数回にわたって、原書を読んでは、本の中身の
「あらすじ」を書いていくということを積み重ねたもの。
これを読み継いでいくことで、なんとかATDの物語の
「あらまし」がつかめるようなつかめないような。
そういったものです。私も、MrYamagataのこのダイアリーを読んで、自分の英文読解がどれくらい適切だったのかを
「採点」していきました。正直、かなりぼろぼろだったのかなという気がします。
そのことにあまり落ち込まずに最後まで読めたのは、どうも
MrYのような英語読みの達人ですら、話のめちゃめちゃぶりに困惑しているのが、ハテナの記述で読み取れたから。
「そうだよね。僕だけじゃないんだよね。このワケワカメの
気持ちの悪さは・・。」
逆に開き直ることができたのではないかと思う。
登場人物がとても多いので、Reefとか、Vibeとか出てきて
「あれ、この人どんな人だっけ。さっきどんな場面で登場したのかな?」
とかでまず躓いてしまうことが多い。
「あれ、TWITって何? シャンバラって何だっけ?」
みたいな。
物語の舞台も、僕がぱっと思いつくだけでも、
パリ ロンドン ウィーン、ニューヨーク。ハリウッド。
ゲッチンゲン ベニス ボスニア ベオグラード
南米 メキシコ 南アフリカ共和国も少し。
シベリア鉄道も登場してなかったっけ?
ということで、地名がたくさん出てくる。
というわけで、色々な地域、国が作中の場面で出てくるので
登場人物が使う言語も「英語」には限らない。
フランス語
ドイツ語
イタリア語
スペイン語
癖のある英語
ロシア語
私が、読んで、確認しただけでもこれだけの外国語が
特に、注釈が原典にあるわけでもないのに、ぽんぽんと出てくる。これは、いままで読んだことのあるペーパーバックの
中でも異様。そんなに複雑なことが英語以外で記述されることはないけど。しかし、読み進める者としては気になることはたしか。こういうときに、あとで紹介するWikiにいくと
英語以外の言語で書かれた(当然のことながら台詞に多い。)部分の英訳が書かれていて、戸惑わないように
なっているという抜け穴を使うことも可能。
そして、小説の時代設定が、19世紀末から20世紀のはじまり、第一次世界大戦の前後ということもあり、
どうも読者には、かなりのマニアックな「近代世界史」の素養が要求されている。
近代ヨーロッパの歴史。
「世界史」履修されました?って感じ。
東ヨーロッパの民族紛争の歴史。
南米の革命の歴史。(主にメキシコ)
第一次世界大戦の前後のヨーロッパの様子。
高校生の時、覚えることてんこ盛り、戦争と条約てんこ盛り。そもそも時系列にそって、事件の流れを追うので
てんてこ舞いに追い詰められていたところがごっそりと
作中に登場します。登場人物たちは基本的にはすべてフィクションなのですが、舞台は歴史的な事実にそって構成されていくみたいな。そういう手法がとられている。
ですので、そのフィクションを味わう前提として、「歴史」の前提知識、英語以外の前提知識が色々と求められている。
あったほうが、素通りしないで済むという側面はあるかもしれない。
さらにトドメの一撃として、「高等数学」の素養まで
必要。
作中に、数学を大学で研究する人物が少なくとも
二人は出てくる。(KitとYashmeen)
wikipedia:リーマン予想
wikipedia:選択公理
たしか、ヒルベルトとか、ホーネッカーとか
高校の数学の教科書の章の頭のようなところでも
みかけたような。みかけなかったような。
物語の「目的論」として、
「巧みなたとえ話を交えて、筆者の主張したメッセージを
読者に訴える」
ということがすこしはあるとおもうけど、ATDの筆者は
この「たとえ話」をするのに「高等数学」を動員するという
アクロバチックなことをしているというわけ。
そりゃ、数式モデルは、ある程度の「普遍性」があるでしょうから、うまいこといったら、「アタリ」の「たとえ」を引いたといえるでしょうけど。
はたして、それは成功しているのでしょうか。読者によって結論が違うのだろうと思います。この作品を本格的に
分析しようと思ったら、理学部数学に突入する必要があるのかもしれません。
btp
上記のリンクには作中に登場する数学的パラドックスの
証明が掲載されています。
集合論」といわれている分野のようです。

素手で立ち向かって行くには、あまりにも多くのことを
この作品は読者に要求している。
知識不足や、あらすじの行きつ戻りつがあまりにも煩雑だと
途中でこの作品を放り出す可能性はどんどん高まるわけだからその「苦労」を少しでも削減できるものがあると
便利ということで。
すでに、この筆者の作品に立ち向かっていった「先輩読者」の「ノウハウ」がWikiに集積されています。
Thomas Pynchon Wiki | Against the Day
第4部Against the dayというところからは
このWikiに掲載されている膨大な注釈情報を参照しながら
最後まで読み進めることができました。
残念ながら、最初のほうから、Bilocationという部は
MrYamagataのあらすじだけを頼りにすすめました。
残念ながら、しばらくは、このWikiを頼って、最初から
再読する気にはなれない。
The Chumps of Choice
こちらのリンクもMrYamagataのダイアリーから教わったもの。残念ながら彼のダイアリーのエントリーが見つけられなかったので、オリジナルにリンクをはります。
たしかに、MrYamagataの「あらすじ」より詳しい。
そりゃそうでしょ、英米人の作品を英米人がまとめたのだから。
このブログを運営している人もどうやらピンチョンのWikiを
参照にしながら読んでいるフシがありました。(2648文字)

Wikiは作中の個別の項目についての説明が書かれているので
当然のことながら、原作がもっているカオスな感じはしない。Wikiだけ読んでいると整然と整理されている情報の海を
たんたんと読んでいくあやしげな「安心感」をもつことが
できる。
それは、作中舞台の位置であったり。
作中の人物や歴史的事件のWikipediaを引っ張ってくる
解説であったりする。
おそらく、ATDを書いた筆者本人も、膨大な資料にあたりながらこの作品を書いたであろうから、Wikiをたどっていくことで、この作品の読者は、筆者がどういう目線をもちながらこの作品を組み立てていったのかを「追体験」できる。
と思う。
正直、そこをたどるのが限界なのではないかと思った。
(3508文字)
というわけで、本来、文学作品について何か書くという場合、物語の筋、つまりたとえとしての素材の概略を
書いて、そこから、どうやって「メッセージ」を引き出すのかという話になるのでしょうが。
ダンブラウンの世界でいったら、Langdon教授がモナリザの絵を「読み取り」「ああでもないこうでもない」という解説をするという手法が、「書評」ではあるような気がします。
「はだしのげん」「ほたるの光」なんかは、すべては
「戦争反対」のメッセージの「たとえ話」でしょう。
100パーセントそうだとはいえないかもしれないけど、
そういう部分はあるでしょう。
ところが、このピンチョンという人の作品では
このメッセージを引き出すべく、「たとえ話」の筋が
おっそろしく入り組んでいる。
当然のことながら、「入り組んだたとえ話」から
は「錯綜するメッセージ」「読者によって引き出されるものが異なるメッセージ」ということになります。
ですから、この作品でブログエントリーを書くのは
かなりしんどい。
だったら、どうしてこの作品を取り上げたのかといえば、
この筆者の作品の翻訳に、東京大学京都大学の研究者が多く絡んでいるから。
その作品を読んでいる人間、研究している人間の「権威」というものに、読書する作品の選定をゆだねることが妥当なのかどうかという問題意識も交えて、
書いてみました。

作品の「解読」についてはまだ何も書いていない。
というより、「書けない」本当に。
こんな作品は初めて。
そういう意味では読者に「インパクト」を与えているのだから、それだけでも、この作品の価値はあるのかもしれない。
しかし、果たして、そういう手法で読者にインパクトを与えることそれ自体が評価の対象になっていいのかどうかという問題はあると思う。
ピンチョンのWikiがあそこまで詳細になるということは
やはりピンチョンが作品を作っていく時の、
「素材の選定」に何らかのセンスがあるということは
否定できないのではないかと思った。
オスマントルコや、Hapsburg帝国を登場させることで
いまでも、世界の時事問題を飾る民族紛争の深淵に
ある歴史的経緯について、読者が思いをはせるように誘う。
おそらく、アメリカ人だって、そんなに詳しいとは思えない、メキシコの近代史だったり。
アメリカや南米の労働運動だったり。
一つ一つに、深い研究の蓄積があるトピックを選んできて、
「無理矢理」一つのストーリーに入れていくというのは
「創作」をする人として、やはり何かもっている人なんだなと思う。
そうすることで、筆者のつくるフィクションに奥深さを
与えようとしたのでしょう。
そうすると、話の筋がカオスで、混乱に陥っても、
素材の点と点をたどることで「勉強」するメリットくらいは
残る。
そういう風に信じたい。
"It's always night, or we wouldn't need light."
こういう冒頭で始まって、
最後の最後のほうで、映画の都であるHollywoodを登場させるというのは、技だなって思う。
暗い映画館で、ぱっとスクリーンが照らし出されるというイメージが、スムーズに結びつく。
読むのに、かなりのエネルギーを費やしたATDですが、
どうもこれ以上、なにか書けといわれても。
とほほほほ。
折角原典に当たって読んだのに。
別に特に意味はないけど。
本書を読むきっかけになったエントリーは以下のものでした。
「逆光」はスゴ本: わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる

シャーロックレイジー(執筆者・北原尚彦) - 翻訳ミステリー大賞シンジケート
上記のリンクは、ピンチョンに直接関係するわけでは
ありません。
しかし、Amazonのようなオンラインショッピングサービスがここまで普及する前の、「洋書へのアクセス」の実情が
詳しく書かれていたので、気になって引用します。

今回は洋書の探し方、入手方法の話をしましょう。
 わたしの若い頃は、ネットなんて便利なものはありませんでした。まずはアメリカや英国のミステリー専門書店、SF専門書店の住所を調べ、そこへ「カタログを送って下さい」という手紙を書き、「国際返信用切手」というものを同封するのです。カタログが届けば、財布と相談しつつ欲しい本をチェックし、注文を出します。エアメールとはいえ国際郵便ですから、速さでは同じ国の人に負けますので、一番欲しいレア本に限って売り切れている、というのはしばしばです。それでも「これとこれとこれはありますよ。送料との合計でいくらいくらです」という連絡が来たら、郵便局で「国際郵便為替」で送金します(当時はこれが一番安い送金方法だったのです)。そして待つこと数か月(下手をすると半年)、ようやく船便で荷物が届きます(航空便だと早いけど高いのです)……。
 タイトルや版元が分かっている新刊に関しては、丸善も利用しました。1980年代、丸善本店の洋書売り場にホームズを含めミステリーに詳しい店員さんがいて、その方に色々と御願いしたのです。少し前に出た本でもダメモトで注文してもらい、そのうちの一冊でも取り寄せられれば大喜びしたものです。
 (中略)
 面倒な作業ではありますが、広大な情報の海の中から、自分好みの本の情報が網に掛かった時は、実に嬉しいものです。

このエントリーは非常におすすめです。
引用が長くなりすぎるのも気が引けるのでこの辺に
しておきますが、おもしろい記述がたくさんあります。
アマゾンを使っても、ドイツ語、フランス語の書籍と
なると、今でも、ここに書かれているプロセスと
大差ない手間暇を踏まないと、なんでも手に入れるという
わけにはいかないのかなと。
そんな気がしました。
手前味噌というものになりますが、下記は私がKindleによる
洋書ライフを始めたときのエントリー。
大量に英文を読みこなしていくための英単語の増強といったことにも
ふれています。
2011-11-07 - book-loverの日記