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第14章 例外処理

私が割り込んでいる間に 私に割り込むな 
                             Winston S Churchill

Wikipediaより、Winston S Churchillについて。

チャーチルは、1874年11月30日にオックスフォードシャー州ウッドストックのブレナム宮殿に生まれた。ブレナム宮殿は、スペンサー=チャーチル家の祖先マールバラ公ジョン・チャーチルが、スペイン継承戦争中のブレンハイムの戦いで立てた戦功によって当時のアン女王から贈られた大邸宅である。
ランドルフチャーチルは第7代マールバラ公の息子(三男)で、のちに保守党の領袖となり蔵相などをつとめた有力政治家であった。また、母はアメリカの銀行家レナード・ジェロームの次女で、社交界の花形であったジャネット(ジェニー)である。チャーチル誕生時は、それぞれ25、20歳であった。
幼年時代に寄宿学校(ハーロー校)に入れられ、厳格な教育を受けた。生来は左利きだったが右利きになることを強要され、後遺症に苦しめられる。彼の学校時代の成績は終始ふるわなかったが、フェンシングは大会で優勝するほどの腕前であった。サンドハースト王立陸軍士官学校を3度受験してようやく合格したハーロー校入学自体が、校長の特別な計らいだったといわれる。

どうやら、ペーパーテストの成績で、いい結果を出すことが苦手だったようです。貴族の家に生まれたエリートの進む先が、「軍隊」だったというのは、興味深いです。

また彼の文才とユーモアとウィットのセンスは、広く認められたものであった。彼はその政治家としてのスタートをさまざまな戦記を執筆することからはじめた。彼は下院議員に当選後も積極的に執筆活動を続け、海軍大臣として第一線で活躍した第一次世界大戦を書いた作品や自分自身の先祖ジョン・チャーチルや父ランドルフチャーチルを書いた伝記など多数を執筆。特に第二次世界大戦を描いた一連の大作は有名であり、それらの筆業は彼にノーベル文学賞をもたらした。日常ではジョークの名手かつ毒舌家であり、ある女性議員から「私があなたの妻だったらあなたの飲む紅茶に毒を入れるでしょう」と皮肉られたところ、「私があなたの夫だったら喜んでその紅茶を飲むでしょう」と平然と言い返したという話は有名。貴女と顔を会わせなくても良くなるなら、毒入りの紅茶を飲む方が良いと切り返して、女性議員を悔しがらせたと伝えられる。
なお、彼が優秀な政治家の条件として挙げたのは「将来何が起こるかを予言する能力」と「予言が当たらなかったとき、それを弁解する能力」である。

このイギリスの政治家のプロフィールを読んでいると、文学の才能というものがどういう人に宿るのかということを考える材料になるような気がします。

「悲観主義者はすべての好機の中に困難をみつけるが、楽観主義者はすべての困難の中に好機を見いだす」
「成功とは、意欲を失わずに失敗に次ぐ失敗を繰り返すことである」
「成功は決定的ではなく、失敗は致命的ではない。大切なのは勇気を持ち続けることだ」
「過去を遠くまで振り返ることができれば、未来もそれだけ遠くまで見渡せるだろう」
「絶対に屈服してはならない。絶対に、絶対に、絶対に、絶対に」
「我々は、たとえその社会的地位がどんなに低くとも、後世に何らかの影響を与えることを考慮して生きなければならない」

なんだか、ひとつひとつの、語録にとても深い感銘を覚えました。
それも、才能ですね。

第二次世界大戦〈1〉 (河出文庫)

第二次世界大戦〈1〉 (河出文庫)

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個人的な感想になります。
筆者のBjarneさんが、かなり作りこんだのではないかと思っています。
記述の端々に、彼が、自ら「手を汚して」プログラミングの作業に従事するとき、
一体、どういう問題に直面しているのかが、なんとなく見えることが多いです。

つまりは、理想的な環境とは、ほど遠い状態で、つじつまを合わせることだけを目標にして、
システムの問題箇所の修繕を最優先にして、働く。

なんとなく、この発想、家庭教師に通じるものがあります。
受験を想定して、勉強している生徒さんは、いろいろな有力な進学塾のカリキュラムののっかり、
主要学科の科目を勉強しているわけですが。
塾のソロバンどおりに、生徒さんの成績が、うまいことのぼってくれるなら、家庭教師はいらないわけです。
どういうわけか、伸びない、成績不振の原因を、つきとめていかないといけない。
これが、またなぜそうなるのか、わからないまま現実が経過していくことが多い。

つい、最近、友達と会って話しをしても、
「それにしても、成績って、なかなかあがらないものだよな。」
などと、白旗を揚げるようなことを、対話のネタにしていました。

そう、設計したとおりに、ことが進むなんてことは、ない。
いつも、その状況、その状況、1回の中でしか起きないことの中に放り投げられる。

そういう限定された環境というか、打てる手が限られているなかで、問題解決の手法をどうやって
打っていくのかというのは、大変、スコープの広い問題意識なのではないかと思います。

第8章で電卓のプログラミングを扱いました。
このプログラム、計算システムで、設計した例外処理をモデルにして、
さらに、このトピックについて、筆者が、思考を深めていきます。

以下 目次となります。

14−1 例外処理
 14−1−1 例外についてのもうひとつの見方

14−2 例外の分離
 14−2−1 例外派生クラス
 14−2−2 複合例外

14−3 例外のキャッチ
 14−3−1 再スロー
 14−3−2 すべての例外キャッチ

14−4 資源管理
 14−4−1 コンストラクタとデストラクタの使い方
 14−4−2 auto_ptr
 14−4−3 注意
 14−4−4 例外とnew
 14−4−5 資源の不足
 14−4−6 コンストラクタのなかでの例外
 14−4−7 デストラクタの中での例外

14−5 エラーではない例外

14−6 例外の指定
 14−6−1 例外指定のチェック
 14−6−2 予期せぬ例外
 14−6−3 例外の変換

14−7 キャッチされない例外

14−8 例外と効率

14−9 エラー処理のためのその他の方法

14−10 標準例外

14−11 アドバイス

14−12 練習問題

例外は、意味のある対処を局所的にできないときに呼び出し側に制御を渡す手段と見ることも出来る。

すべてのエラーを検出できるほど系統的にこの方法を使うことはまれである。

例外処理は、設計段階の重要度を高め、・・・・

例外は、要求されたことをできなかったシステムの部分という意味に考えたほうがよい。

例外処理テクニックの最大の目的は、エラーを最初に検出した場所から問題を修復するだけの情報を持っている場所エラーについての情報を渡すことであり、その機能を高い信頼性で、またつかいやすい形で提供することである。

14−9

エラー処理戦略は、設計のもっとも初期の段階で考えておいたほうがよい。またエラー処理戦略は単純で(プログラム全体の複雑さと比べて)明示的なものでなければならない。エラーからの修復のように本質的にトリッキーな領域では、複雑な戦略に統一的に従うことは不可能である。

「情報」の扱い方をコンピュータに命令する体系が、プログラミング言語だと思う。(そうではないですか?)
コンピュータを使っていなくても、「情報」の扱いが仕事になっている人はいるわけです。
ですから、プログラミングについて記述している人に、文学の才能があるのなら、その記述には、スコープの広い
応用性というか、「ひろくあてはまる」それって、あるある現象が起きるのだと思います。



追記 その1

1Q84読書中 (内田樹の研究室)

それに『戦争と平和』や『ジャン・クリストフ』や『静かなドン』を「ちびちびと舐めるように」読んでいたら、それだけで一夏が終わってしまう。
いつのまにか「とにかく一刻も早く読み終える」ために読む本と、「できるだけ読み終わらずずるずるその世界にとどまっていたい」本に世界の書物が二分された。
そして、どういうわけか若かった私は前者を「仕事」本、後者を「娯楽」本というふうに見なし、「できるだけ仕事をして、娯楽は控えめに」という禁欲的な読書態度を維持したのである。
というのは、「仕事本」は「誰もが読まねばならぬ本・私以外のほとんどの人がすでに読んでいる本・それゆえ、しばしばその本についての言及がなされるのだが、そのとき『あ、それオレ読んでないんだわ・・・』とカムアウトすると、白々とした沈黙で応じられる本」だと思っていたからである(長じて気づいたことだが、実はみんなあんまり読んでいなかったのである。読んでいるような顔をしていただけで)。

どうもこの人の書く物は私に特別な関係があるのではないかという疑念はその次の『1973年のピンボール』でさらに強化された。
この物語は「僕」とその友人が渋谷で起業した翻訳会社が舞台の一つになっている。
そして、ご存じのように、私はこの小説の舞台となった同じ時代に、同じ渋谷で平川くんと翻訳会社を始めていた。
そのときに学生時代の友だちが集まって始めた翻訳会社なんて渋谷にはうちしかなかった。
平川くんはその後あちこちで「あれは平川さんの会社がモデルなんでしょう?」と訊かれたそうである。

すぐれた作家というのは無数の読者から「どうして私のことを書くんですか?」といういぶかしげな問いを向けられる。
どうして私だけしか知らない私のことを、あなたは知っているんですか?
というふうに世界各国の読者たちから言われるようになったら、作家も「世界レベル」である。
どうしてそういうことになるのか。

追記 その2

シゴタノ! 自戒を込めて、9年間に学んだ自営の心得3箇条

読んでいて、胃に穴があくような思いがしたので、書きとどめておく。
読んだときに、心地がいいものと、読んだときに気分が悪くなるもの。
娯楽という観点からは、前者が理想的だと思う。
でも、こと仕事のことにかかわると、後者のほうがいい。
そういう文章にしばらく触れないでいるとしたら、それ自体がまた危険信号なんだろう。

気づけば今年で自営9年。自分でもできていないところもあるが、自戒を込めて3箇条にまとめる。もっとたくさんあるが、多すぎてもどうせ実行できないので、3つに絞る。

「明日よろメール」を励行する
「即日感謝メール」を励行する
個人への支払いは迅速に行う